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旭川地方裁判所 昭和44年(ワ)498号 判決

原告 三宅政徳

右訴訟代理人弁護士 宇山定男

被告 斉藤晶

右訴訟代理人弁護士 小笠原六郎

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

第一、請求原因一項の事実は当事者間に争いがない。

第二、≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実が認められる。

被告は、昭和二二年頃肩書住所地に入植し、標高差が約一三〇メートルの傾斜度のある山地を切り開いて牧場を作り、昭和二八年頃から乳牛を主体とした酪農を本格的に始めたが、山間斜面利用の牧場であったため、もっぱら牛を放牧し、牛の蹄で耕して草地化する蹄耕法(いわゆるニュージーランド方式)によって、牧場形態を整え、約二〇ヘクタールの牧場に約二〇頭の乳牛と、農耕馬一頭を飼育していた。被告の牧場のある上川地方は寒冷地で雪も多いため、競走馬を飼育した例はほとんどなく、被告自身も競走馬を飼育或は保管した経験はなかった。昭和四二年九月頃、被告は、二〇年来の知り合いである訴外松浦義利から、同人の義兄にあたる原告の所有する本件馬を預って飼育して欲しい旨の依頼を受け、原告自身からも三回ほど被告方を訪れた際、牧草が良好であるから馬を預ってほしい旨の依頼を受けた。被告としては競走馬を飼育した経験はなく、上川地方の気象条件が競走馬の飼育に適していないものと考えていたため、保管することを拒絶していたが、友人である訴外松浦からの熱心な勧めがあったため、試験的にも保管してみようという気になり、原告の申し入れを受諾するに至った。そして、同年一〇月一三日、原告所有のオースミ、セントクインの二頭の牝軽種馬が被告の牧場に搬入され、以後被告が同牧場で右両馬を飼育、保管することになった。その際、原告と被告との間で、右二頭の牝軽種馬の飼育方法は、被告所有の乳牛の飼育に用いている完全放牧方式によって飼育すること、牝馬(オースミ号)が妊娠していたので、同馬に仔馬が生れた場合にその親馬を原告が被告に贈与すること、もし、被告において親馬が不要であれば、親馬の価格を評価してその額を被告に支払うこと、馬の管理について訴外松浦が被告の相談相手となると共に、馬の飼料が不足した場合には同訴外人がその都度飼育料を調達すること、などが約された。そこで被告は、前記受託馬を、夏は牧場に放牧して採食させ、谷から引いた水を自由に飲ませるようにし、冬は傾斜地の中腹にあるブロック造りの牧舎の内外に乾草を置き、自由に出入りさせて、寒い時には牧舎内で、陽が当れば牧舎外で飽食させ、パイプで水を引いて凍らないようにして、飼育するようになった。昭和四三年五月中旬頃、オースミ号が仔馬を生み(セントクイン号は出産しなかった、妊娠していたか否かも不明)、原告においてその仔馬を引取ったが、その直後の同年六月頃、被告は原告の依頼を受けた訴外松浦から前記オースミ号、セントクイン号に受精させるため、種馬である原告所有のエトアルポーラ号を運び入れる旨の連絡を受けた。被告としては、原告との間ではっきりとした返還時期の定めはしていなかったけれども前記牝馬二頭を同年春頃までに返還する意向であったし、当時、牧場に暗渠排水路を設置していて草牧地が減少していたことや、種馬の管理、受精の方法などに不安があったため、前記種馬の保管を極力断っていたけれども、訴外松浦から四、五日でもいいから置いてくれとの強い要請があったため、止むなく前記エトアルポーラ号の保管を承諾した。しかし、原告から寄託馬を引取る旨の連絡もなく、右種馬の保管後、被告の乳牛二頭が放牧中に死亡し、その原因が不明であったことなどから、被告において訴外松浦を通じ或は直接に原告に対し、受託馬の引取方を要請していたが、原告からの確答もなくその後日時を経過し、被告において同馬を前記牝馬と同様の方法で飼育、保管していた。ところが、同年一二月二〇日頃、エトアルポーラ号が見当らないのに気付き、被告がその家族の者と捜したが、行方が判らず、翌春、雪溶けの後、牧場の崖に倒れて死亡しているのが発見された。エトアルポーラ号が見当らなくなった頃、根雪が遅く一二月中旬頃過ぎまで放牧していたが、同馬の姿が見えなくなった前夜から突然大雪となって根雪となったので、同馬は雪に埋れて死亡したものと推察される。その後昭和四四年七月中旬頃、オースミ号が放牧中、窪地にはまり込んで死亡しているのが発見された。当時、被告方牧場でブルトーザーを使用して倒木後の抜根作業をなしていたが、抜根したあとの窪地に背中を下にしたまま起き上れない状態で死亡していたので、馬には、掘り起された新しい土があるとそこに転んで背中や腹に土をつけ馬体を起して振るわせて馬体に付着している虫などを落す習性があり、同馬は抜根後の土の上に転んだまま、窪地にはまりこんで起き上れなくなったものと推察される。

以上の各事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

第三、右各事実によれば、原告と被告との間の請求原因一項記載の本件馬の寄託契約には、被告が本件馬を被告所有の乳牛の保管方法と同一の完全放牧方式によって飼育する旨の特約があったものと認められ、従って、被告は自己の財産と同一の注意をもって本件馬を保管する義務があり、かつ、これをもって足るものと解するのが相当である。

しかして、前記認定の事実によれば、被告は、受託馬を被告の乳牛と同一の完全放牧方式による飼育方法により夏期には牧草を、冬期にはブロック造りの牧舎に自由に出入りさせて乾草をそれぞれ飽食させ、かつ、飲水させていたものと認められ、また、エトアルポーラ号およびオースミ号は、いずれも放牧中に発生した事故により死亡するに至ったものと認められ、右の事故が被告の通常の注意義務を欠いたため発生したものと認めるに足る証拠のない本件にあっては(なお、原告は本件馬の寄託契約締結にあたっては、被告は冬期には本件馬を被告住宅近くの畜舎に収容する旨の約があったと主張するが、これを認めるに足る措信すべき証拠はなく、また、被告が本件馬を降雪期にも放牧していた点に過失がある旨の主張をなすが、前記認定のように根雪のない時期に放牧させることは被告の飼育方法として通常用いていた方法であるものと認められるので、その点に被告に過失があったということはできない)、受託者である被告に責に帰すべき債務不履行があったものと認めることは困難といわざるを得ない。もっとも≪証拠省略≫によれば、オースミ号が死亡したのち三日経過後に死亡の事実を訴外松浦に連絡し、原告が被告牧場に馳けつけた際には、同馬が腐敗しつつあったことや、エトアルポーラ号の所在不明、死亡の事実を原告に早急に、明確に通知していない(同馬の所在不明となったのちに被告は訴外松浦から飼育料として金一七〇、〇〇〇円を受領している)ことが認められ、被告において受託馬の死亡、所在不明後の措置にいささか非難さるべき点がなくはないが、そのことから直ちに被告の受託馬の保管方法に責められるべき点があったものと認めることにはならない。

第四、以上のとおり、被告が本件受託馬の飼育、保管に関し、債務不履行があったと認めることはできないので、原告主張の損害額の点についての判断をするまでもなく本訴請求は失当であり(なお原告は、被告方に寄託中、セントクイン号が栄養失調となり、また、オースミ号、セントクイン号が流産したと主張し、原告本人は右主張に添う供述をなすが、右はにわかに措信しがたく、他にこれを認めるに足る証拠はなく、かえって、オースミ号は仔馬を出産していることは前記認定のとおりである)、棄却を免れない。

よって、本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉崎直弥)

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